（６）「影流」は室町幕府将軍家の流儀として奉公衆に伝授されていた 　　永禄八年五月十九日将軍足利義輝弑逆事件で三好・松永等の一万を超える軍勢が午前八 　　時頃突入し義輝が自害するまで辰の刻から午の刻まで約四時間持ちこたえた奉公衆達は手 　　練の「影流」の使い手達だった事が影流の検証過程で判明して来ます。 　　室町幕府の財政は応永二十七年朝鮮国礼使通訳尹仁甫の言葉を借りますと「国に府庫なし、 　　ただ富人をして支持せしむ。」状態であり禅宗五山の東班衆や土倉等豪商達との結びつきで 　　維持されていて、「幕府の威令はごく狭い範囲にしか行われず日本国土は大部分大名達に分 　　割されています。」と指摘しています。此様な危弱な幕府財政下にあって足利義満の東山文 　　化が開花したのは応に「日明勘合貿易」に依る処が大であったと云えるでしょう。日明勘 　　合貿易は将軍義満応永十一年（１４０４年）に、明朝へ「朝貢」を以って行われた国家間 　　の貿易です。十年一貢の朝貢の度に明皇帝と明皇后から日本国足利将軍家に銀三百両が下 　　賜されたのです。更に注目すべきは最重要交易品の一つが「日本刀」であった事実です。 　　明朝は「北虜南倭」の倭寇対策の為、日本国に朝貢を呼びかけて来たのですが倭寇対策の 　　為、倭寇と同様の「日本刀」を明皇帝の「御林軍」に配備したのです。 　　応永十一年から天文十六年迄公式記録丈でも約二十万振が輸出されています。交易条件は 　　宝徳度で一振五貫文（当時一貫文は米五石に相当と大変好条件でした。）明皇帝成化帝は親 　　衛隊の「静旗隊」「粛旗隊」を日本刀部隊にする為室町幕府に「刀法指南」を要請して来ま 　　した。明朝の要請に依り北京紫禁城に赴いたのが剣祖影流愛洲移香斎久忠です。愛洲移香 　　斎久忠が派遣された遣明船は文明十五年十二月堺を出港し途中主要積載品の「硫黄」の手 　　配や「風待ち」で「日向鵜戸」に約三ヵ月停泊しその後薩摩を経て一路「寧波」へ向かい 　　成化二十年十一月北京に到着しています。成化二十一年二月北京を発ち、平戸に文明十八 　　年五月十二日、赤間を経て堺港に文明十八年七月四日に到着しています。 　　「明国皇帝は親衛隊、静旗隊、粛旗隊及び御林軍の日本刀部隊に「影流」を以って教練さ 　　れたのです。皇帝の親衛隊、静旗隊、粛旗隊が日本刀で装備されていた驚異的な事実は北 　　京故宮博物館の成化帝の資料等で判明します。更に嘉靖未、少林寺武僧程宗猷が著した「単 　　刀法選」に掲載された「日本刀刀勢」からも知る事が出来ます。此の様に日明勘合貿易で 　　足利将軍家から明朝皇帝に日本刀の扱い方である「影流之目録」が献上されました。しか 　　し茅元儀の「武備志」に「戚継光が辛西の陣上で倭寇から得た」との記録を元禄の初め松 　　下見林が｢異称日本伝｣で紹介された為に日明勘合貿易の日本側史料を検証せずに現在まで 　　盲信して来たのが実情です。 　　日明勘合貿易史料以外にも次に掲げる考察も重要な裏付け資料です。   　（一）「影流之目録」に描かれている演武者が「猿」である事。 　　日本国内では「猿」は古来より「ましら」とも呼ばれ「浅猿」等差別用語として使用され、 　　武道の演武者との発想は全く皆無です。 　　しかし、中国では「三蔵法師のお供」として孫悟空が破邪顕正の活躍等「神の使い」の伝 　　承があり明国の指揮官が「刀勢」の演武に猿を選んだのです。 　（二）秋田の愛洲移香斎久忠の子孫「平澤家」に伝わる巻物「陰之流　私」 「陰之流　私ひそかの巻」   　　秋田の「平澤家」に代々伝わった巻物「陰之流　私」には日本国内では使用されていない 　　「語彙」が多見します。刀法鍛錬での習熟度を囲碁用語「初手」「中手」等で説明していま 　　す。最も重要な「足捌き」を「玉歩」と日本の宮中でも使用されていない語彙を以って説 　　明しています。 　　応永十一年室町幕府将軍足利義満に依って開始された日明勘合貿易は「朝貢貿易」でした。 　　朝貢貿易であれば、明朝皇帝の親衛隊に伝授された「正式刀法」は当然朝貢国日本国内 　　で将軍家が採用している事が前提となります。それ故日本国内での「影流目録」の刀勢図は 　　長袴を着用した奉公衆」が描かれています。何故江戸城の松の廊下の忍傷事件で有名な 　　長袴」でなければならなかったのかその理由が解ります。   刃傷松の廊下（長安雅山画）　   永禄九年五月吉日上泉伊勢守信綱から柳生宗厳に伝授された「影目録」截相図   　　足利将軍家の親衛隊「奉公衆」と明朝が取り締まりを要請して来ている倭寇との風体が一 　　目瞭然識別し得る為に描かせた図である。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　▲　ページのトップへ